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大石内蔵助



大石内蔵助(おおいしくらのすけ)は、1659年に大石良昭の長男として生まれました。
延宝元年(1673年)に父が亡くなったため、祖父・良欽の養子となりました。

19歳の時に祖父が亡くなり、遺領と内蔵助(くらのすけ)の通称を受け継ぎました。
また、赤穂藩の家老見習いになり、21歳のときに正式な筆頭家老となりました。

貞享4年(1686年)には、石束源五兵衛の18歳の娘「りく」と結婚し、子どもを授り、元禄6年(1693年)には、京都の伊藤仁斎に入門して儒学も学んだと言われています。

元禄7年(1694年)2月には、収城使に任じられ、松山城に単身入り、水谷家家老鶴見内蔵助を説得して無事に城を明渡させました。

城の受け取りが、無事に完了すると、内蔵助は在番として留まり、翌年に安藤対馬守重博が新城主として入城するまで間、松山城の管理を任せられました。

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